認知症と任意売却
〜意思能力の低下したご本人が所有する不動産を売却する手法について〜

不動産売買は法律行為です。任意売却に限らず、不動産売買を行うためには自分の行為の法的結果を認識・判断できる意思能力が求められ、意思能力がないと判断された方の行う契約は無効になります。
不動産は高額な財産ですから、これは、認知症などで判断能力が衰えた方を保護する観点からの制度です。
しかし、親御さんやご主人・奥様が認知症になられ、その後その方々の所有する不動産の処理に困惑される方は年々増加傾向にあります。
法律では認知症などで意思能力がないと判断された方の不動産処分に対しては成年後見制度や家族信託(民事信託)が整備されていますので、ご紹介します。

認知症と任意売却

名古屋住宅ローン相談室代表

「親が認知症になりました。介護に時間と費用がとられて、自分自身の生活を維持することまで難しくなってしまいそうです。 認知症になった親の代わりに不動産を売却することはできませんか?」
「配偶者が認知症になりました。収入が減り、介護費用が増え、とても住宅ローンを払い続けることはできないので自宅を任意売却したいのですが、不動産の所有は認知症になった配偶者であることから判断能力に問題があるため任意売却できないと言われてしまいました。」
など、親御さんや配偶者が認知症となったことに伴う不動産売却(任意売却含む)のご相談をいただくことがあります。
超高齢社会の日本では今後も認知症に伴う不動産売却(任意売却含む)の問題は増えていくでしょう。

このページでは、ご本人が認知症になった場合の不動産売却(任意売却含む)手法として成年後見制度と家族信託(民事信託)を取り上げてご紹介します。

認知症になった方が所有する不動産の任意売却手法

認知症と任意売却、売却方法

「ご主人が認知症になり、年金暮らしで介護費用までかさみ住宅ローンが払えない」
「親御さんの認知症が進行したため施設への入所を検討したいけれど資金が足りない」
こうした状況の中で、認知症になったご本人の所有する不動産を売却(任意売却含む)したいと考える方は珍しくありません。
しかし、認知症などで判断応力が低下してしまうとご本人の意思だけで不動産の売却・任意売却をすることはできないため、「(成年)後見人」と呼ばれる財産管理の支援者をつけることができる成年後見制度が整備されています。

成年後見制度には、後見人を裁判所が専任する「法定後見」と、ご本人が後見人をあらかじめ選任しておく「任意後見」の2種類があります。
「任意後見」は認知症になる前・認知症が進行する前の意思能力がある状態で将来の準備をしておく手段です。
将来を見据えて財産管理を計画する手法には「任意後見」の他に「家族信託(民事信託)」もありますので、後述します。

認知症になった方が所有する不動産の任意売却手法:
法定後見による売却

認知症が進行し、意思能力がないと判断された方の不動産を売却するためには成年後見制度を利用して成年後見人をたてる必要があります。
意思能力がないと判断されると、委任行為自体ができないためご家族や配偶者に売買契約の代理を頼むことはできないからです。

成年後見人とはどういう人かというと、ご本人の財産を守る人です。
そのため、ご本人の財産を投資目的運用するといった積極的な活用はできず、原則的にはご本人の居住用不動産の売却は認められません。ただ、止むを得ない事由がある場合で家庭裁判所の許可が下りたならば、認知症のご本人が所有する居住用不動産を売却することができます。
例えば、このままでは競売になってしまい市場価格よりも安値で売却されて負債が多く残ってしまうため、任意売却で少しでも高値で売却し負債を減らす、といったケースなどです。
こうした状況下で家庭裁判所から、ご本人の利益が守られるのであれば許可しましょう、と判断していただけたら、認知症の方が所有する居住用不動産を、成年後見人売却することが可能になるというわけです。

繰り返しますが、成年後見人は認知症などで判断能力の衰えた方の財産を守る人ですから、不動産、特に、居住用不動産売却について家庭裁判所から許可が下りるのは余程の緊急事態や、やむを得ない事由がある場合のみです。
生活が苦しい、けれど、預貯金はまだまだある、という場合ではなかなか家庭裁判所からの許可は下りにくいと考えていただいた方がいいかと思います。
ただ、もちろん、ケースバイケースです。
具体的な状況はご家庭それぞれで異なりますので、まずは専門家にご相談ください。

参考:成年後見人を立てる任意売却の流れ(概要)

・ご相談
御関係者のみで申し立てをすることには困難も伴いますので、司法書士、弁護士、不動産会社、役所などに相談することから始められることをお勧めします。

・成年後見申立て
成年後見人の選任を家庭裁判所に申し立てます。申し立てができるのは、本人、配偶者、4進党内の親族、検察官などです。申し立て先はご本人の住所地を管轄する家庭裁判所となりますので、詳細な手続き方法は裁判所のホームページでご確認ください。

・家庭裁判所により審理され、必要があれば医師の鑑定を受ける
申立書が受理されたら成年後見人の選任を認めるかどうかについて、調査官が申立人、本人、後見人候補者から事情を確認します。ご本人の判断能力について医学的に確かめる必要があれば医師による鑑定も行われます。

・成年後見人の選
家庭裁判所が後見開始の審判を出し、法定後見人が選任されると、法定後見の登記が行われます。

・家庭裁判所の許可を得る
裁判所に「居住用不動産処分の許可の申し立て」を行います。居住用不動産の売却には家庭裁判所の許可が必要であるためです。
※居住用以外の不動産売却では、裁判所の許可は不要です。

・買主を探して売買契約締結および銀行との話し合い

・売買代金決済および物件引き渡し

家族信託(民事信託)と任意後見

家族信託(民事信託)と任意後見は、ともに、認知症など法律行為を行う上での判断能力にトラブルが生じた際に、財産管理を誰かに依頼する手段です。
判断能力の低下といっても、もちろん 「昨日の夜何食べたかな、思い出せない」 というレベルでしたら、普通の不動産売買ができる土壌はあります。
司法書士さんの判断ということになるかと思います。
不動産売買をするときには、不動産登記の専門家である司法書士さんが本人の意思確認をします。
売主さん、買主さん双方と、「この物件を売るんですね」「この物件を買うんですね」という面談を行うわけです。契約が最終段階だったとしても、ここで司法書士さんによって当事者に意思能力がないと判断されると、売買契約を履行することができないわけです。

このときに、絶対的に意思能力がないとも言えないけれど少し心配が残る場合、または、まだまだ判断能力が衰えていないけれど、意思能力がはっきりあるうちに自分の財産管理について自分で計画を立てておきたいという場合に、家族信託(民事信託)や委任後見という制度が活用できます。

任意後見とは

任意後見とは、認知症などで判断能力の衰えた方に呼ばれる財産管理の支援者(後見人)をつけることができる成年後継制度のひとつです。
これまでご紹介した法定後見は通常ご本人が認知症などで判断能力が衰えた後、親族などが裁判所に申し立てて裁判所が選任することに対し、任意後見はご本人が認知症などになる前にあらかじめご自身で後見人を選び、契約(任意貢献契約)を結びます。
任意後見は親族でも親族以外でも構いません。弁護士や司法書士等に依頼することも可能です。
令和元年に厚生労働省が公表した資料では親族が後見人になる割合は23.2%でした(※):。

(※)参考:厚生労働省「成年後見制度の現状(令和元年5月)

家族信託とは

家族信託は、信頼できる家族・親族と契約(信託契約)を結び財産管理を任せる方法です。
財産管理を委ねる人を委託者、財産管理を行う人を受託者といい、委ねられた財産(信託財産)は受託者や受託者の財産とは分けて管理されます。
信託財産から得られる利益を教授する受益者は、委託者本人でなくても構いません。

任意後見と家族信託の違い

どちらも財産管理を誰かに任せる点では同じですが、効力の発生する時期や効力の範囲が異なります。

【効力の発生する時期】
任意貢献契約をスタートさせるには、ご本人が認知症になった後にご本人もしくは親族が裁判所に任意後見監督人の選任を申し立てる必要があります。 一方で家族信託はご本人が認知症になったかどうかに関係なくすぐにスタートさせることができ、裁判所の関与もありません。

【効力の範囲】
任意後見人はご本人の財産を増やす目的であっても積極的に投資や運用を行うことはできず、また、財産の処分にも制限があります。また、家庭裁判所の監督を受けながら法律に基づき厳格な運用がなされます。
家族信託は契約内容次第で権限を設定することができるため積極的な財産活用も可能であり、居住用不動産においても家庭裁判所の許可なく売却することができます。
一方で、家族信託では医療や介護、施設の入隊書に関する手続きを行うことはできません。任意後見人にはできます。

認知症と任意売却のまとめ

認知症など判断能力が衰えたご本人の不動産売却手法について、成年後見制度と家族信託(民事信託)の概要をまとめました。
高齢になる配偶者や親御さんの介護に一生懸命になる中で、財産処分について準備する余裕がないまま、気づけば不動産を処分することもできず途方に暮れてしまうご相談者様は珍しくありません。
法律行為は制度や手法が複雑な面もありますので、抱え込んで悩まれず、困ったらすぐに専門家や専門機関に相談してください。

名古屋で任意売却を検討される際には名古屋住宅ローン相談室(エステートプランニング株式会社)へお気軽にご相談ください。